「百川」は、文人たちのサロン
百川には、大田南畝、山東京伝、谷文晁、酒井抱一、亀田鵬斎、十返舎一九など、江戸文化を代表する文人・画家・狂歌師が集まり、文化サロンとしての役割も果たしていました。

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百川楼のスピリット、再び
水戯庵は、日本橋室町にかつてあった伝説の百川楼の跡地にあります。人が集い、芸が花開き、夜が息づいていたその場所。その記憶は今、毎週金曜の「MOMOKAWAROH」としてよみがえります。日本の伝統芸能と、最先端の音楽・映像が交わる、新しい文化の場です。

金曜夜は新しい文化体験
「百川楼 — Tokyo Underground Arts Society —」とは、普段は本物の古典芸能の舞台を静かに継承し続ける〈水戯庵〉が、金曜の夜だけ、新たな表現に挑む秘密の特別な一夜です。
守り伝えるべき日本の伝統文化を受け継ぎながら、音楽、ファッション、アートが能舞台を背景に融合します。伝統とテクノロジーが響き合う「東京発のナイトタイム・カルチャー」として、世界に向けた新しい夜の文化を提案します。
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新しいカルチャーは、いつも夜に生まれる。
百川楼は、様々な知的・文化的な活動をする人々が集まり、酒を酌み交わし、美味いものを食べ、自由に意見交換や交流を行い、新しいものを生み出す「文化サロン」が開かれる、文化メゾンです。
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伝統と前衛が、ここで出会う
MOMOKAWAROHならではの、伝統の空気と現代性が響き合うナイトプログラム。TECHNOH LAB.、JAZZNOH LAB.、TECHNAGON、KRUSH NAGON、MIKO HOUSEといった作品が生まれ、テクノ、ハウス、ヒップホップ、ジャス、伝統芸能を横断しながら、常にライブ表現の新しいかたちを探っていきます。
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水戯庵は、江戸を代表する最高級料亭の一つである、料亭「百川(百川楼とも)」の跡地に存在しています。「八百善」と並び称される名店で、文化人や大名、幕臣などが集う社交の場として知られていました。
百川には、大田南畝、山東京伝、谷文晁、酒井抱一、亀田鵬斎、十返舎一九など、江戸文化を代表する文人・画家・狂歌師が集まり、文化サロンとしての役割も果たしていました。
百川を最も有名にした出来事は、1854年(嘉永7年)の黒船来航です。
日米和親条約締結後、幕府はペリー一行をもてなすため、日本料理の準備を百川に命じました。百川はこの国家的な接待を成功させました。
江戸時代の百川楼は、幕末、日本を訪れた海外の賓客をもてなし、日本文化を伝える役割を担いました。
170年後、令和の時代の水戯庵(百川楼)は再び世界からのゲストを迎え、日本の文化と美意識を伝える舞台となっています。